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歌舞伎の型にみる戦争

先月、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんが人間国宝に認定された。

10代だった私が歌舞伎を観るようになったのも、この比類ない美しい女形の存在があったからだった。
可憐な赤姫、粋な芸者、仇な毒婦、儚い夢二の女、妖しい鏡花の上臈・・・・たくさんの舞台を見せていただいた。

『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)は伊達藩のお家騒動を題材にした時代物で、幼い主君を政敵から護る乳母政岡(まさおか)の役は立女形の大役のひとつである。
この役を玉三郎さんが歌舞伎座で初演したとき ― 女形の最高峰である故市川歌右衛門の監修であった ― 見事に演じて、茶道具で飯を炊く長丁場の「飯炊き」の場面も緊張を保って飽きることがなく、新境地を開いたことを嬉しくおもったことを覚えている。

そのときは気が付かなかったが、その後気に懸かったことがあるのでメモしておこうとおもう。

歌舞伎の型にみる戦争
芸談で戦時中は戦地に慰問にいったという話を聞きます。歌手、落語家、新劇や宝塚など。歌舞伎も例外ではなかったでしょう。戦地ではどんな出し物を上演したのだろうか? 
2004年11月大阪松竹座で『伽羅先代萩』を観たとき、バンザイと敬礼の型があることに気が付いた。

乳母政岡(坂東玉三郎)は幼君鶴千代の毒殺を怖れて自ら茶釜で飯を炊き、さらに息子の千松に毒見をさせ、もしものときは身代わりになるようにと日ごろから言い聞かせている。
そんな折、お家乗っ取りを企む一味が菓子折りをもって訪れる。
官僚夫人からの見舞いの菓子といって鶴千代の前に出されては断る術がない。そこへ千松が走り出て菓子折りを蹴飛ばすや一口ほおぼる。たちまち千松が苦しむと毒が入っていたことを知られないよう千松は短刀でなぶり殺されてしまう。
政岡は幼君を庇って顔色ひとつ変えない。それを見た一味は政岡が千松と鶴千代を取り替えて育てたのだろうと思い込んで帰っていく。

毅然としていた政岡だったが、ひとり残されると千松の遺骸を抱きかかえ愁嘆にくれる。
「よう死んでくれた でかしゃった でかしゃった」と、涙ながらもお家に忠を尽くしたことを褒め称えるのであるが、このとき片膝を立て、バンザイのように両手を頭の左右に、手の平を上向きに挙げてしばし静止する。
舞伎の美意識では身分のある女性が腕を高く、しかも両方を同時に挙げるということはありえない。つまり意図的にバンザイの形をつくっているのであり、それは戦時下で付け加えられた型であると考える。

このとき『伽羅先代萩』の「お家」は「国」となり、千松は命を捨てて戦う兵隊にほかならない。
そのあとでさらに右手を、手の平を下向きに、額のところまで挙げて敬礼のような形をつくる。いずれも一連の愁嘆場の流れとは不自然な動きで強調されているように見えた。
忠臣として主君を護る正岡と千松が、戦時下で軍事的に歓迎されたであろうことは容易に想像できる。

その後1~2年して、歌舞伎座で何度目かの玉三郎の政岡を観たときは最初から注意していたが、やはりバンザイと敬礼の型を認めた。
一時の翼賛的な型であれば、戦後はもとのように上演すればいいとおもうが(実際そういう上演もあるでしょう)、そのまま戦時下の型が踏襲されているのは、この狂言がいかに当時数多く上演されたかという証であり、また英霊たちを悼んでのことだろうか。

お家(=国)のために命を落とした我が子に対し、表向きは「でかしゃった」といって賛美しても、それが本心でないことは、主君の乳母ではなく千松の母親としての政岡が、激しい慟哭で表現している。




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