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新橋演舞場「椿説弓張月」

「椿説弓張月 ちんせつゆみはりづき」は、曲亭馬琴の読本を三島由紀夫が歌舞伎に脚色したもので昭和44年11月に国立劇場で初演された。

昭和44年11月というのは三島由紀夫が割腹自殺をするちょうど1年前で、この歌舞伎の脚色にも三島由紀夫の美意識がみてとれる。

主人公である源為朝は保元の乱(1156年)の中心的人物で、身の丈七尺(2m10cm)ちかいという美丈夫で弓の名手である。九州を平定したので鎮西八郎為朝ともいわれる。
保元の乱後捕えられ伊豆大島に流罪となるも、朝廷にはむかい多勢の軍勢に攻められ我が子を殺してから切腹した。
齢32才、歴史上始めての切腹といわれる。
(伊豆大島から逃れて琉球の祖となったという伝説もあり、馬琴はこの説を採っている)

まさに主人公は武士道に傾倒した三島由紀夫の興味を引くに十分な人物といえる。
この源為朝を市川染五郎がつとめているが、勇猛な武士でありながら品があってとても美しい。

三島脚色の特徴が端的に窺えるのは、中の巻で、白縫姫の琴の音にあわせ女中たちが雪の庭で、裸にした間者に竹釘を打ち込み殺害するくだり。
白い雪、妙やかな琴の音、美しい女中たち、裸の男、噴出する血潮・・・。
どんな残酷な場面も様式美にする歌舞伎だが、それをよく知っている三島は様式美を逆手にとって残虐性を強調したようだ。 
数ある歌舞伎の殺害場面でももっとも倒錯した特異な演出でしょう。

また、上の巻で源為朝が追っ手により深手をおった我が子を介錯する場面は、我が子にも武士の礼を尽くす武士道の美学とみることもできる。(親としての嘆きは「伽羅先代萩」の政岡を連想した・・・胸に迫る場面)

「椿説弓張月」はあらゆる歌舞伎の技法を駆使した大スペクタクルであり、さまざまな歌舞伎の“世界”が反映されている。
たとえば上の巻は「俊寛」。中の巻は「阿古屋」。下の巻は「奥州安達ケ原」・・・などなど、壮大なスケールで娯楽的要素もふんだんにあり、最後は琉球王朝の危機を救って幕となる。

常の演目であるならば一転賑々しく晴れやかに幕となるのだが、白馬に乗って花道を去る染五郎の表情は気迫のなかにも悲しみが漂っているようだ。
(白馬は奈落からせりあがったので、下の巻の源為朝はすでにこの世の人ではないことを暗示しているのかも知れない)

その悲しみの表情は「椿説弓張月」が源為朝という悲運の武将とその子への追悼であり、さらに歌舞伎の舞台そのものが割腹自殺した三島由紀夫へ捧げられた祭壇であることを、この人(染五郎)は判っているからであるようにみえる。

Wikipedia 椿説弓張月

ことしの桜 2 (2011/05/02)

《追記》
イヤホンガイドで三島由紀夫の生前の声が聞けたそうだ。知らなかった。残念。
筋書きも読まず予備知識もなく観た感想なので(しかもだいぶ居眠りもした)、的外れな部分もあるかとおもいます。


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