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ことしの桜 2

青森で桜が満開と、ニュースで見ました。
東北、桜、というと義経伝説を連想します。
義経の一行が平泉から北上し、北海道からモンゴルにわたったという伝説です。
東北の人たちは客人(まろうど)としての義経一行をもてなし、その伝説を代々子孫に伝えてきました。

ちょうど一年前、歌舞伎の義経像について書いたものがあります。
震災からあとは歌舞伎をたのしむ気持ちになれません。
震災で亡くなった人々に捧げます。

「義経千本桜」における義経考-大向こうより-
2010年4月をもって、歌舞伎座が建替えのため一時その幕を閉じた。歌舞伎座の魅力は重厚な外観の大劇場でありながら“小屋”の本質を持っていたことであるとおもう。
大向こうでは弁当の箸をつかっていた老人がおもむろに声を掛けたり、中り狂言のときの一幕見は押し合い圧し合いで、江戸庶民もかくやとおもう熱気があった。
大向こうや一幕見から花道は見えない。が、承知のことである。
役者と同じ空間にいる喜び、一緒に芝居をつくっているといった空気が、大向こうにはあった(一階席で声を掛けるのはタブーであるらしい)。

歌舞伎座は商業劇場ゆえ、国立劇場(復活・継承を目的とする)とはちがい人気狂言を頻繁に上演する傾向にあった。
なかでも「義経千本桜」「勧進帳」「一谷嫩軍記」「船弁慶」など義経の登場するものは多い。
とくに人気のたかい「義経千本桜」(1747年初演)は、外題に義経の名が掲げられているので、どんなに義経が活躍するかとおもうが、さにあらず。

「義経千本桜」において義経がはなばなしく活躍する場面はない。
平家物語では超人的な活躍をし、日本人に絶大な人気を誇る義経が、歌舞伎狂言においてはなんのはたらきもせず、傍観者的立場なのである。
客席を沸かせるのは、狐忠信のケレンや、碇とともに海に身を沈める知盛、裏切るとみせて妻子をも犠牲にする権太などの登場人物なのだ。
「勧進帳」においてもしかり。観客の感動は弁慶の機知や、それと知って見逃す富樫への共感にある。義経はいわばドラマのためのファクターでしかないといってもよい。
つねづね疑問におもっていた、歌舞伎狂言において義経は何故かくも魅力がないのか?

義経の最後は、兄頼朝により身を寄せていた平泉を襲われ、衣川で自害したことになっている。
しかし人々にとって義経はヒーローである。無念のうちに死んだ義経を、慰めたい弔いたいという気持ちが、つよく歌舞伎狂言に反映されているのではないか。
そうおもうと舞台の上の義経は現世の人ではないように見える。静御前と寄り添う姿は、この世では離れ離れに儚くなった二人を、再び(舞台の上で)添わせたいという庶民の願いなのではないだろうか。
道行初音旅の段の美しさ(ここでは狐忠信が義経の代わりを果たす)、舞台いっぱいに配された桜は義経と静御前への追悼にちがいない。
 
桜は吉野、この狂言の舞台である。しかし浄瑠璃は「桜はまだし枝々の梢さみしき初春の空」となっていて本当は桜はまだ咲いていない時期なのだ。千本桜というのは心のなかの風景、つまり手向けの花なのだとおもう。
吉野地方の古い慣習では、遺体を一時桜のもとに仮埋葬したそうである。そのとき桜は卒塔婆と同じ意味を持つだろう。千本桜=千本の卒塔婆。そこに人々の義経への追慕のほどを見るおもいがする。
民衆をしてすでに義経は神格化されていたと考えれば納得できる。

傍観者的立場と書いたが、実は全登場人物の精神、行動を統べる存在が義経なのである。姿はなくとも通奏低音のように、狂言の始めから終わりまで、すべての登場人物を支配しているのである。
だから義経自身は舞台の上で活躍する必要がないのである。


参考資料 「義経千本桜」岩波書店

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