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麻には、亜麻(あま)、苧麻(ちょま)、黄麻(おうま)、ケナフ、マニラ麻などたくさんの種類があるが、古来日本で麻というと大麻(たいま・おおあさ)のことです。

大麻の学名は「Cannabis sativa -カンナビス サティバ」といい、
Cannabisはギリシャ語で麻のことだそうです。
このCannabisが神奈備「かむなび」に通じるので、大変興味深い。

神奈備とは神が鎮座する山や森をさし、神霊が宿る依り代(よりしろ)の総称。・・・とても偶然とはおもえない。

人々が大麻のさまざまな効能に霊力を感じて、神にもひとしい畏敬の念をもっていたことは間違いないでしょう。
大麻とは麻に「大いなる」という尊称をつけたもので、実際、大麻自体を祀った神社が全国にある。

しかしこの、麻の霊力=たかい波動はどこからくるのだろう?

なにか、宇宙とつながって共鳴するような仕組みがあるのかも知れない。



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ふたたび麻の効用

神社の注連縄飾りや御祓いにつかう幣(ぬさ)は、古くは麻の糸が使われていた。
神事に麻が使われるのは、麻は邪気を払ってその場所を清めるからだ。

ほんとうに麻にはそんな神秘な力があるのかと不思議におもっていたが、麻が高い波動をもつ植物だとしたら、納得できる。
(検索すると麻の波動についてたくさんヒットする)

麻の糸や布が電磁波の防御に効果があるというのも、麻の波動が電磁波の波動を相殺するからでしょう。(カミナリのとき麻の蚊帳に入るのも迷信ではなかったということ)

人が波動をたかめるためには、明るい想念をもって楽しくストレスのない、心身ともに健康的な生活をしなければならないが、今の日本の環境では不可能だ。

せめて麻を身につけて、麻の波動でバリアをつくりたいとおもう。

日本はもともと麻がゆたかに自生する国で、人々は麻の薬効を知って生活に生かし、繊維を織って身につけ、その実は滋養のある食品として麻のパワーを取り込んでいた。

戦後アメリカにより麻の栽培が統制され、ネガティブなイメージを植付けられたのは、麻が精神性やエネルギー、医療の面でも重要な(反対からみれば邪魔な)存在であるからだ。

放射能にも効くとひそかにおもっている。


麻の効用 (06/15)


またもや、波動

今朝、唐突に、中学のときの理科の授業で
「すべてのものは振動することで存在する」と言った先生の言葉をおもいだした。

固い机も、人も、水も、それを構成する素粒子は振動していて、振動することで物質が存在するのだと。

人の細胞は分子からなり、分子は原子(素粒子)からなって原子核の周りを電子が高速で飛び回って微弱なエネルギーをもった振動波を発生させる。この振動波があつまって人の固有の波動となるようです。

人の感情や思考も波動なので、よく聞くところの
「奇跡がおきた」とか「祈りがつうじた」というもの神様のおかげではなく、その人の想念の波動(エネルギー)がもたらしたものだとおもっている。(言い換えれば祈ることで波動が増幅された)

波動には波長があるので同じ波長と同調する。だからマイナーな波動と同調すると病気になったり精神が不安定になってしまう。「病は気から」とは波動のことをいっていたのだ。

つまり放射能のマイナーな波動と同調しないように、波動のエネルギーを高めればよいのではないか?
あながち荒唐無稽ではないとおもいます。


あらためて、波動

パイプオルガンのコンサートにゆきました。

パイプオルガンは幾層もの音が重なりあって、そのボリュームには包み込まれるような心地よさがあります。
音色は荘厳で天上の光をイメージせずにいられない。壮大でありながら演奏のテクニックは非常に繊細で超絶的。バッハやヘンデルを堪能しました。

ところがメンデルスゾーンの『プレリュード ハ短調』は違いました。
一般的に短調は情緒にうったえて、メランコリックな印象を受けます。このメンデルスゾーンのプレリュードも低音のゆるやかな曲なのに、音に正面から押されるような圧迫感を覚えて、すっかり肩が凝ってしまった。

音は波動であるから、パイプオルガンの音の重なりで生じた波動がそのときの私の波動(バイオリズム)と合わなかったということでしょう。(曲が短調であることは関係なく音域によるとおもう)
音楽やある領域の周波数が人体に影響を与えることは周知のことで、だから電磁波でマインドコントロールすることもできる。
しかしメンデルスゾーンの美しい曲からこんな苦痛を味わうとはおもいもよらなかった。
かくも人は波動の影響を受けやすいということを実感。

言霊(ことだま)についてしばらく前に記事にしたけど、言霊とはすなわち「言葉の波動」のことだ。
言葉が音声と意味からなる波動であれば、なにか現象が生じても不思議ではない。

よく植物をほめると綺麗な花が咲くというのも、植物が言葉を理解するのではなく言葉の波動を感じ取るからでしょう。だから日常的に美しい言葉、感謝する言葉を使うことはとても大事なことなのだ。
(もちろん気持ちがなければ意味はない)

最近はためになるブログ記事を読んだときも「ありがとうございます」と声に出してお礼を言います。感謝の気持ち(波動)が伝わるようにおもうからです。


ハラコチカラ? (03/05)



もしもハンマーを持ったら

ことしは辰年のせいかPPM(ピーターポール&マリー)の「パフ」をラジオで何度か聞いた。

核攻撃と人工地震で日本の乗っ取りをたくらむ輩たちには、ハンマーで打ち砕くイメージをもったら、どうだろう?

if i had a hammer (もしもハンマーを持ったら)




まだやるの?

日本におとされた原爆が製造された背後にはロスチャイルドの存在があり、戦後はウランを売るために日本に原発を造らせ、そのエージェントが中曽根康弘と正力松太郎だったと、鬼塚英昭氏の「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」に書かれている。

イスラエルはロスチャイルドがつくった国で、福島第一原発のセキュリティと監視カメラはイスラエル製。震災時に唯一イスラエルの医療団だけが入国を許可された。

そのイスラエル大使館は3月20日に休館だそうです。

1995年3月20日 地下鉄サリン事件
2003年3月20日 イラク戦争
2011年3月20日 リビア空爆



想定外=人工地震だから

いまだに原発の建屋を覆うことをしないのは、すべての放射能汚染をフクシマのせいにしたいからでしょう。

東京都が瓦礫を積極的に受け入れて焼却しているのも、東京湾や首都圏の高汚染の不自然を誤魔化すためとしかおもえない。
(世田谷の放射能騒動も同じ理由)

相変わらずの原発付近の露骨な人工地震や汚染瓦礫の拡散、まだまだ日本を汚染するつもり?


ト書き風 (05/25)




想定外=事故ではないから

このブログでは「原発事故」という言葉は(引用を除いて)いっさい使っていません。
単に、「原発」または「Fukushima」「フクシマ」と表記してきました。
「事故」ではないとおもうからです。

事故であればどうしてチェルノブイリの先例を生かさず、一年たっても措置がなされないのでしょうか?


フクシマで働いている(働いてくれた)人たちに感謝いたします。

そして津波で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。



福島-裏側の真実

「福島-裏側の真実」というドイツのドキュメンタリー。

3.11から「冷温停止」発表まで、日本政府と東電が隠してきたもの-原発と汚染の現実を追求しているようだ。
翻訳が付いてないけど、映像だけでも見る価値があるでしょう。

ガイダーセン氏、バズビー教授、佐藤栄佐久元福島県知事、フクイチに潜入撮影をした鈴木智彦氏なども出演。

福島-裏側の真実 ドイツ語
http://videos.arte.tv/de/videos/fukushima_die_wahrheit_hinter_dem_super_gau-6439122.html



瓦礫処理 2

そのぶん被災地に最新設備の処理施設をつくったほうが、雇用と経済効果で復興がすすむのではないですか?

がれき処理、財政支援策を発表 産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120305/dst12030523280010-n1.htm
東日本大震災で発生したがれきの広域処理の促進に向けて、細野豪志環境相は5日、受け入れ自治体への財政支援<策を公表した。
放射性物質に対する住民の不安を払拭するため、自治体が放射線量を測定する場合、被災地でのがれきの測定費用のほか、焼却施設や焼却灰の測定費用を全額国が負担する。自治体が希望する場合には国が直接測定を実施し、地元で住民説明会を開く費用も国の負担とした。
がれきの焼却や埋め立ての費用については、施設の減価償却費を含めて国が補助金や特別交付税で全額支援する。
さらに、がれきを埋め立てたことで最終処分場の容量が減少した場合、それに見合った新たな最終処分場の建設についても財政支援する。


津波被災者や原発避難者の援助・賠償もできていないのに、税金を使って全国に汚染瓦礫をばら撒こうという政府。
(広告費だけで9億円!? 人より瓦礫=利権が大事)

がれき受け入れ自治体一覧&マップ
http://one-world.happy-net.jp/ukeire/

そして懸念していることが現実に?
汚染瓦礫とTPPと新基準値 (01/28)



視点・論点 アーサー・ビナード氏

2月20日のNHK視点・論点

それぞれの福島(1)「桜と予言と詩人」 アーサー・ビナード


文章化したものはコチラ NHKアーカイブス
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109863.html



ハラコチカラ?

清流出版のHPに掲載しているアーサー・ビナード氏のエッセイを見つけた。

日本には言霊(ことだま)信仰があって、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされる。
フクシマ以降、原発の現実と放射能の影響を口にしにくいのは、まさしくこの言霊信仰によるものだった。

ならば、ポジティブなイメージを持って凶事を好転させよう・・・というのがビナード氏の言わんとすることかも知れない。

清流出版 アーサーの「晴走雨録」 ぼくの好きな原子力
http://www.seiryupub.co.jp/arthur/2011/11/post-3.html

言霊信仰には「ことかえ」(言替え、言変え、言代えなど)によって邪悪なものを善良なるものへと移行させる力もあります。



たね蒔きジャーナル どうするねん東電

再来年に東電は黒字?(原発賠償支援機構の欺瞞)


法的整理して賠償に回すべき(だけど献金もらってますから・・・)






ピナ・バウシュ「踊り続けるいのち」

わずかな回数しかみていないけど、ピナ・バウシュが芸術監督をつとめていたヴッパタール舞踊団の来日公演のステージはいつも感動した。

国籍はもちろん、年齢(かなり幅がひろい)、体格や身長もざまざまなダンサーたち。。。(それだけでもユニークで個性的な集団であることがわかる)

ソロを踊るダンサーは感情のままに自由に踊っているように見える。しかしそれが長い物語の繰り返しであり、緻密な表現のことごとくが再生されていることに観客が気付くまですこし時間がかかる。

男女のダンサーが入り混じって無秩序にみえる動きも、やがて一人一人がそれぞれの物語を忠実に繰り返していることがわかる。

ピナ・バウシュの演出は、繰り返すことに意味があるようだとは、なんとなく感じていたけど、その理由を考えたことはなかった。

ピナ「踊り続けるいのち」
http://pina.gaga.ne.jp/
ダンスは生きること=日々の繰り返しであり、そして生まれ変わっても踊り続ける命の輪廻(繰り返し)だから?

ダンサーにとって踊りは身体と感情の記憶を再生しているようだ。
あらためてピナ・バウシュのダンスに感動した映画。


ヴッパタール舞踊団のステージでいつも感嘆したのは、男性が女性をリフトするときに重力をまったく感じさせないことだった。

たとえば男性が女性のスカートに片手をいれて、そのままスッとリフトしてしまう。女性のダンサーは絹を纏った空気のよう・・・
その表現する情景も含め、どのバレエ団よりいちばん美しいとおもっている。




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