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俳句

十二月八日の霜の屋根幾万  加藤楸邨

12月8日というのは1941年(昭和16年)の12月8日のこと。
「霜の屋根」とは人々の生活の象徴でしょう。その日、まだ屋根の霜が溶けぬ朝に人々はラジオの『帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れリ』という放送を聞いた。
真珠湾攻撃はいまではアメリカの仕組んだことと知れているのに、同じ轍を踏みつつある安倍政権。
二度とこのような朝は迎えてはいけない。


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俳句

幕あいて待ち焦がれたる初音聞く

初音とはその春に初めて聞く鶯の鳴き声のことで2月の季語。
昨年夏に怪我をされた市川染五郎さんの復帰公演は「義経千本櫻」から道行初音旅(みちゆきはつねのたび―俗称吉野山)。
まだ春浅い吉野山に義経を訪ねてゆく静御前と狐忠信(染五郎)。道すがら義経を想う静御前と狐忠信の所作が美しい。
日生劇場 二月大歌舞伎
悲しいニュースが続いた歌舞伎界だけど、尾上菊之助さんと中村吉右衛門四女の瓔子さんの婚約発表も嬉しい話題。



俳句

口切りや かし傘も 寄せておく
酒井抱一

11月の口切りの頃は時雨れることが多いので茶事に招いた客のために傘を用意しておく、という意味。

なにげない茶会の心づもりを詠んだものだけど、この頃の雨はかならず激しい土砂降りになって、しっとりと紅葉をぬらすような風情のある雨がない。
ケムトレイルを頻繁に見かけるようになった。
さらに雨に含まれる放射能の心配もしなければならない。。。


短歌

棚機(たなばた) のながき思ひもくるしきに この瀬をかぎれ天の川なみ                    
西行「山家集」

官邸前の再稼動反対デモが7月6日をかぎりに終わるよう、人々の声が天に聞き届けられるといい。



俳句

馬飛びの絵葉書買ひし子供の日

旧仮名の「買ひし」の「し」は過去に実際に経験したことを意味する。
何年もまえの5月5日に川村記念美術館のミュージアムショップで買った、2人の少年が馬飛びをしているポストカード。
もう手元にはないけれど。


短歌

まだ恋も知らぬ我が子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉
俵万智

「直ちには・・ない」は、「しかる後に・・ある」ということ。

「サラダ記念日」から25年。俵万智さんは原発のあと仙台から南の島に避難して子育てをしているそうです。



俳句

恋したや真砂女をまねるかな

鈴木真砂女(すずきまさじょ 1906-2003)の
「恋したや苺一粒口に入れ」を本歌取りして、10年くらい前につくった句。

バレンタインのカードに添えたことも・・・。悲しいことに、いまでは苺は産地を確認しないと口にできなくなってしまった。



短歌

放射能もつ魚となり漂はむ われに暮靄の海ひとつあれ
中城ふみ子「定本・中条ふみ子歌集」

中城ふみ子(1922-1954)は戦後の歌壇に彗星のごとく現れた夭折の女流歌人。
奔放な恋をしながら30歳のとき乳癌のため左乳房を摘出。翌年右の乳房に転移し31歳で永眠。

図書館の歌集で見た白黒のポートレートの記憶は、たぶん病床で、素顔とおもわれたけど、とても美しい人だった。
この歌を詠んだ1954年(昭和29年)はビキニ環礁で、第五福竜丸が被爆した水爆実験があった年。
自分の胸の奥にも、青い光を放つ魚が棲む、海があると感じたのだろうか。




俳句

土用波 結界越える 孤鳥かな


空と海の境、海と陸の境には、目に見えない結界があって、そこに棲むものにだけ越すことが許される。
自然界には人が超えてはならない結界があるとおもう。




俳句

世の人の見つけぬ花や軒の栗
芭蕉 「奥の細道 須賀川」


今月の茶掛けの句。栗の花は梅雨時に咲くが、花というには地味でほとんど気付かれることがない。
そんな栗の花を題材にして、芭蕉が福島県の須賀川で詠んだ句。

小さな花にこそ、芭蕉のように心を寄せたいとおもう。


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